纏めの最後です
◎礼儀を損なう、自分で自分を損なうことを「自暴」という。自分で自分(仁、義)を放棄することを「自棄」という
◎仁とは人の住む快適な住居であり、義とは人間の歩く大道である。快適な住居を空き家とし、大道を放っておいて歩かないのはなんと可哀想な人であろうか
◎何が善であるあるかを明らかに知らないと、まごころを込めることはできない。まごころを込めようと努力するのが人の道で、まごころがこもってないと人が動かされることはあり得ない
◎思いがけない行いを褒められることがあり、完全を期したつもりなのに非難を受けることがある
◎人間、誰でもある欠点は、とにかく他人の先生となりたがることである
◎人の長となる大人というのは話した言葉通りに守るとは限らないし、やりかけた行動を最後までやり抜くとは限らない。その時、その場所に適した道義の要求に従うだけだ。
◎君子が道を求めてどこまでも深く進んでいくのは、自分でこれを会得しようとするからで、これを会得するとしっかりそこにおちつく。しっかり落ち着くと深く根源の知識を取り入れることができる。そうするとすぐその根源自体を突き止めることができる
◎評判が実力以上に立つのを君子は恥とする
◎君子と一般人の違いは、本心を保つことにある。仁や礼によって本心を保つ。仁ある人は他人を愛するし、礼ある人は人を敬う
◎天に目や耳はないが、人民の目によって観、人民の耳によって聴く
◎人間の心にも一致点があり、人間は理、義によって、真偽善悪について同一の判断を下すことができる
◎天から与えられ爵位、つまり天爵というものがある。仁義忠信を備えて善行を楽しんで飽きることがない。
公、卿、大夫などという身分が人爵であり、現在の人は天爵を修行して人爵を得ようとし、それを得てしまうと天爵を捨ててしまうものがいるが、それは大きな思い違いである
◎自我の外において求めるものが多く、内において求めるものが少ないことが人生であるかもしれないが、自我の中に求めるものを多くしていくことが達人への道である
◎君子の三楽
- 身内が息災であること
- 天に恥じることなく、人に恥じる行いをしないこと
- 天下の英才を集めて教育をすること
◎民を貴しとなし,社稷はこれに次ぎ、君を軽しと為す